福勝寺は熊野参詣道 橘本王子の西北、
桜の老木に囲まれた長い石段を登った
山の中腹に建つ高野山真言宗の古刹である。
本堂の左には杉や楠の巨樹が生い古り、
高さ20m幅30mの『裏見の滝』があり、
天狗伝説が残る幽寂の趣を醸している。
寺伝によると延暦23年(804年)1月18日空海上人(弘法大師)31歳の時に藤白峠を越え橘本通行の砌、当山の滝本にて入唐求法、海路無難の為に『一千座護摩』と『求聞持法秘法』を勤念修行されたと書かれています。大師の請願により、本尊千手千眼観世音菩薩は、『旅立、厄除、雷除』として、虚空蔵菩薩は『知恵、知識、記憶』として、滝本の不動明王は『雨乞い、止雨』の仏様としておまつりされています。
現在の本堂は墨書などから室町時代中期(15世紀頃)の建立と推測されています。
求聞持堂は西面が本堂と接続していますが、もとは宝形造り屋根の建物であり、棟札に慶安3年(1650年)初代紀州藩主 徳川頼宣(南龍公)が、自身の守り本尊の虚空蔵菩薩を安置するために建立し、藩主の祈祷所として虚空蔵求聞持法という真言密教の行法を行う場所で、
江戸時代初期の密教修法を目的とした施設は全国的にも珍しく貴重です。
境内は自然に恵まれ古くから早咲きの桜の名所です。季節になると、寒さにめげず健気に咲く水仙や、春の喜びを誘う桜、梅雨にしっとりと瑞々しい紫陽花、境内を紅く染める紅葉など景勝地として人々の心を癒し、
安らかにしてくれます。
また浄土真宗中興の祖蓮如上人のゆかりの名号堂もあり、
古くより宗旨を越えた祈りの場として親しまれています。